彼こそ21世紀初頭のジャズ・シーンで最も重要なピアニストだ。 ―― パット・メセニー
27歳という若さでグラミー賞ノミネートという快挙
ソロ・デビューから3年で、グラミー賞のジャズ部門にノミネート。2000年にも2度目のグラミー賞にノミネートされている。2004年、米ジャズ専門誌「ダウンビート」人気投票のアコースティック・ジャズ・ピアニスト部門で第一位。
「僕の妻はシャルロット・ゲンズブール」の音楽監修
人気女優シャルロット・ゲンズブール主演の恋愛コメディー映画「僕の妻はシャルロット・ゲンズブール」のサウンドトラックの総合プロデュースを担当。また、映画「アイズ・ワイド・シャット」、「スペース・カウボーイ」、「ミリオン・ダラー・ホテル」などのサウンドトラックにも起用された。
レディオヘッド、ニック・ドレイクなどをレパートリーに
英ロックグループのレディオヘッドや、伝説のフォーク歌手ニック・ドレイク、ビートルズの楽曲などをこよなく愛し、演奏曲目に、レディオヘッドの「パラノイド・アンドロイド」、「エグジット・ミュージック(フォー・ア・フィルム)」、「ナイヴズ・アウト」、ニック・ドレイクの「リバー・マン」などを取り上げている。
クラシック界屈指のソプラノ歌手と異色の共演
昨年5月、カーネギーホールにて、ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場に君臨する女王ルネ・フレミング(ソプラノ歌手)とデュオ出演をした。19世紀〜現代クラシックやアメリカン・ポップスなどの要素を盛り込んだオリジナル楽曲が披露され、メルドーの音楽性の幅広さに高い評価を受けた。
エキサイティングな物語を織りなしていくマジック
ヒーロー不在の現代のポピュラー音楽界にあって、ジャズでは20数年ぶりに出現した巨大な才能、それがブラッド・メルドーである。彼がビル・エヴァンスやキース・ジャレットらの跡を継いでジャズ・ピアノの系譜に新しい歴史的道標を打ち立てることができるかどうか。少なくともその可能性の一端を明らかにしたピアニストはメルドーしかいない。実際、90年代初頭ジャズ界の第1線で頭角を現したときの彼のピアノはすこぶる新鮮だった。
97年に始まった「アート・オブ・ザ・トリオ」のシリーズで一躍世界のジャズ界からの注目を一身に集めるようになったのも、まさにこの衝撃性を隠し持った新鮮さゆえだった。その最大の理由は、彼が過去に例のない“ もの言う左手 ” の持ち主だったからにほかならない。
彼があのシリーズでグラミー賞にノミネートされた直後、ヴィレッジ・ヴァンガードでレコードからは俄に信じがたいその左手を間近に見たときの驚きは今でも忘れられない。左手がこれだけ自己主張するピアニストは初めてだった。いや、右手と左手がまったく違った自己主張をしながら、互いに形の異なった独立しあうラインが次第に融合し合ってエキサイティングな物語を織りなしていくマジック、といった方が正確かもしれない。それが重層的なサウンドを生み、聴き手の想像力を刺激する意想外のストーリーを編みだす。
だからといって右手のラインに内声を与え、リズムや低音を担う従来の左手の機能を、ないがしろにしているわけではない。メルドーの奏法はその一辺倒を脱して進化し、さらにジャズ・ピアノのスリリングで新しい魅力を掘り出したのだ。左手はその結果、予想を超えて雄弁になり、新しいダイナミズムを生み、変化に富んだ楽想展開を可能にする強力な武器となった。メルドーのピアノ演奏の面白さを生む源泉となったのである。
ピアノを前にした瞬間、メルドーは現代の即興詩人に早変わりする。想像の翼を羽ばたかせて、イマジネーションの世界を自由に舞い歌う調べの妙趣には彼ならではの詩的なレトリック(言葉使い)と思いがけないストーリー展開がいっぱい。スタンダード曲、レディオヘッド、ビ−トルズ、など何を素材に演奏しても、メルドーのアプローチは変わらない。聴き手にとって刺激的な彼のこのような演奏展開が共演者を発奮させぬわけがない。最良のパートナー、ラリー・グレナディア、チック・コリアのもとから参じたジェフ・バラードがどんなプレイでこのピアノの詩人と対峙し合うか。響きのいいホールでのこのトリオの演奏を、感性を全開にして満喫したい。
悠 雅彦
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